第一話
ギターの化け物
ギターの化け物がいる。
最初に聞いた時は、大げさだと思った。
上手い人なんていくらでもいる。
子どもの頃からずっと楽器をやっている人もいるし、
一日中練習しているような人もいる。
だから、
「ギターの化け物」
なんて言われても、
へえ。
くらいだった。
でも。
実際に聴いたら、
「……ああ」
ってなった。
いた。
本当に。
ギターの化け物。
*
「ここ?」
「うん」
「もう一回?」
「お願い」
「わかった」
それだけ言って、
KANAはギターを構え直した。
さっきから会話は短い。
別に機嫌が悪そうなわけでもない。
聞けば答えるし、
必要なら向こうからも聞いてくる。
ただ、それ以上がほとんどない。
最初は少しやりにくいかと思った。
でも、
演奏が始まると、
そんなことはどうでもよくなった。
指が動く。
速い。
でも、速いだけじゃない。
迷いがない。
音が一つずつ、
ちゃんとそこに置かれていく。
何をしているのか、
わたしには全部は分からない。
それでも。
上手い。
その一言だけじゃ、
たぶん足りない。
曲が終わった。
KANAはすぐにギターを見る。
わたしはKANAを見る。
「……すご」
KANAが顔を上げた。
「なに?」
「いや」
少し笑った。
「ほんとにギターの化け物なんだなって」
「?」
「褒めてる」
「そう」
それだけ言って、
またギターを見る。
「……」
なんだこの子。
*
休憩になっても、
KANAはギターを触っていた。
弾くでもなく、
眺めたり、
少し音を出したり。
「休まないの?」
「休んでる」
「それで?」
「うん」
「……そう」
会話は成立している。
ただ、短い。
わたしは水を飲んだ。
KANAはまた少しだけ弾く。
さっきまであれだけ弾いていたのに、
まだ触るんだ。
嫌々やっているようには見えない。
むしろ、
ずっと触っていたいように見える。
なのに。
少しだけ、
引っかかった。
演奏は綺麗だった。
正確だった。
何も失敗していない。
なのに、
本人だけが終わった感じがしていない。
そんなふうに見えた。
「KANA」
「ん」
「楽しい?」
指が止まった。
KANAがこっちを見る。
「なにが?」
「ギター」
少し間があった。
「好き?」
「好き」
それはすぐだった。
「じゃあ、楽しい?」
また少し黙った。
「……わかんない」
「そっか」
それ以上は聞かなかった。
KANAも何も言わなかった。
またギターに触れる。
わたしは、その手を見る。
好きなのは、
たぶん本当なんだと思う。
じゃあ、
「わかんない」
って何なんだろう。
考えても、
答えは出なかった。
*
もう一度合わせた。
やっぱり上手かった。
今度は最初より、
少しだけKANAの音を聞く余裕があった。
何を頼んでも、
たぶん弾ける。
それでも、
満足しているようには見えない。
わたしがそう思っているだけかもしれない。
曲が終わる。
最後の音が消える。
その時、
ふと。
少し前に大森駅の前で聞いた声を思い出した。
通り過ぎるつもりだったのに、
なぜか足を止めた声。
上手いとか、
下手とか。
そういうことを考える前に、
言葉だけが残った。
KANAのギターとは、
全然違う。
何が似ているのかも分からない。
そもそも、
似ているわけじゃないのかもしれない。
ただ、
どっちも少し残る。
それだけだった。
「HINATA」
「ん?」
「終わり?」
「あ、うん。今日は終わり」
KANAはギターをケースにしまい始めた。
わたしも荷物をまとめる。
少し迷ってから、
声をかけた。
「ねえ」
「なに?」
「連絡先、交換しない?」
KANAがこっちを見る。
「いいよ」
「また合わせるかもしれないし」
「うん」
スマホを出す。
交換はすぐ終わった。
「じゃあ、また連絡する」
「わかった」
KANAはギターケースを持った。
「じゃあ」
「うん。また」
先に歩いていくKANAの背中を見る。
ギターの化け物。
噂は、
たぶん間違ってなかった。
でも。
それだけじゃない気がした。
何が違うのかは、
まだ分からない。
大森駅の前で聞いた、
名前も知らない声のことも。
目の前で聴いた、
KANAのギターのことも。
まだ、
それぞれ別のまま。
ただ少しだけ、
わたしの中に残っていた。
ギターの化け物がいる。
最初に聞いた時は、大げさだと思った。
上手い人なんていくらでもいる。
子どもの頃からずっと楽器をやっている人もいるし、
一日中練習しているような人もいる。
だから、
「ギターの化け物」
なんて言われても、
へえ。
くらいだった。
でも。
実際に聴いたら、
「……ああ」
ってなった。
いた。
本当に。
ギターの化け物。
*
「ここ?」
「うん」
「もう一回?」
「お願い」
「わかった」
それだけ言って、
KANAはギターを構え直した。
さっきから会話は短い。
別に機嫌が悪そうなわけでもない。
聞けば答えるし、
必要なら向こうからも聞いてくる。
ただ、それ以上がほとんどない。
最初は少しやりにくいかと思った。
でも、
演奏が始まると、
そんなことはどうでもよくなった。
指が動く。
速い。
でも、速いだけじゃない。
迷いがない。
音が一つずつ、
ちゃんとそこに置かれていく。
何をしているのか、
わたしには全部は分からない。
それでも。
上手い。
その一言だけじゃ、
たぶん足りない。
曲が終わった。
KANAはすぐにギターを見る。
わたしはKANAを見る。
「……すご」
KANAが顔を上げた。
「なに?」
「いや」
少し笑った。
「ほんとにギターの化け物なんだなって」
「?」
「褒めてる」
「そう」
それだけ言って、
またギターを見る。
「……」
なんだこの子。
*
休憩になっても、
KANAはギターを触っていた。
弾くでもなく、
眺めたり、
少し音を出したり。
「休まないの?」
「休んでる」
「それで?」
「うん」
「……そう」
会話は成立している。
ただ、短い。
わたしは水を飲んだ。
KANAはまた少しだけ弾く。
さっきまであれだけ弾いていたのに、
まだ触るんだ。
嫌々やっているようには見えない。
むしろ、
ずっと触っていたいように見える。
なのに。
少しだけ、
引っかかった。
演奏は綺麗だった。
正確だった。
何も失敗していない。
なのに、
本人だけが終わった感じがしていない。
そんなふうに見えた。
「KANA」
「ん」
「楽しい?」
指が止まった。
KANAがこっちを見る。
「なにが?」
「ギター」
少し間があった。
「好き?」
「好き」
それはすぐだった。
「じゃあ、楽しい?」
また少し黙った。
「……わかんない」
「そっか」
それ以上は聞かなかった。
KANAも何も言わなかった。
またギターに触れる。
わたしは、その手を見る。
好きなのは、
たぶん本当なんだと思う。
じゃあ、
「わかんない」
って何なんだろう。
考えても、
答えは出なかった。
*
もう一度合わせた。
やっぱり上手かった。
今度は最初より、
少しだけKANAの音を聞く余裕があった。
何を頼んでも、
たぶん弾ける。
それでも、
満足しているようには見えない。
わたしがそう思っているだけかもしれない。
曲が終わる。
最後の音が消える。
その時、
ふと。
少し前に大森駅の前で聞いた声を思い出した。
通り過ぎるつもりだったのに、
なぜか足を止めた声。
上手いとか、
下手とか。
そういうことを考える前に、
言葉だけが残った。
KANAのギターとは、
全然違う。
何が似ているのかも分からない。
そもそも、
似ているわけじゃないのかもしれない。
ただ、
どっちも少し残る。
それだけだった。
「HINATA」
「ん?」
「終わり?」
「あ、うん。今日は終わり」
KANAはギターをケースにしまい始めた。
わたしも荷物をまとめる。
少し迷ってから、
声をかけた。
「ねえ」
「なに?」
「連絡先、交換しない?」
KANAがこっちを見る。
「いいよ」
「また合わせるかもしれないし」
「うん」
スマホを出す。
交換はすぐ終わった。
「じゃあ、また連絡する」
「わかった」
KANAはギターケースを持った。
「じゃあ」
「うん。また」
先に歩いていくKANAの背中を見る。
ギターの化け物。
噂は、
たぶん間違ってなかった。
でも。
それだけじゃない気がした。
何が違うのかは、
まだ分からない。
大森駅の前で聞いた、
名前も知らない声のことも。
目の前で聴いた、
KANAのギターのことも。
まだ、
それぞれ別のまま。
ただ少しだけ、
わたしの中に残っていた。