第七話
ずっと続けばいいのに
二回目があることを、
誰も不思議に思っていなかった。
*
「おはよー!」
一番に聞こえたのはRINOの声だった。
「今日RINO一番?」
「違う」
KANAが答える。
もういる。
「早っ!」
「普通」
「何分前?」
「見てる」
「じゃあ知ってるじゃん」
「言わない」
「なんで!?笑」
スタジオの前。
わたしが着いた時には、
二人ともいた。
「おはよ」
「おはよー!」
「おはよう」
「YUMEは?」
RINOが聞く。
「まだ」
スマホを見る。
連絡はない。
「迎え行く?」
「まだいいでしょ」
「でもYUMEだよ?」
「……」
それはそう。
連絡しようとしたところで、
「いたー!」
声がした。
見る。
YUMEがこっちへ走ってくる。
白いギターケースを背負っている。
「間に合った?」
「間に合ってる」
「よかった」
「迷った?」
「今日は一回だけ」
「一回は迷ったんだ」
「でも前よりすごくない?」
「成長してる!」
RINOが言う。
「でしょ?」
「褒めるところじゃないから」
「HINATAちゃん厳しい」
「普通」
KANAが言った。
「KANAちゃんまで」
RINOが笑う。
YUMEも笑う。
わたしも少し笑った。
二回目だった。
それだけなのに、
前よりずっと、
普通に四人で立っていた。
*
スタジオに入る。
それぞれが準備を始める。
一回目と違って、
説明はいらなかった。
RINOはドラムへ。
KANAはアンプへ。
わたしはベースを繋ぐ。
YUMEは、
前と同じ場所に立った。
「そこ覚えてたんだ」
「RINOちゃんが、ここYUMEの場所って言ったから」
「言った言った!」
「覚えてたんだ」
「わたし、意外と覚えてるよ?」
「意外とって自分で言う?」
YUMEが白いギターを持つ。
それから、
黒いノートを開いた。
「今日ね」
「うん」
「ちょっと変えた」
「曲?」
「うん」
RINOがすぐ近づく。
「どこ?」
KANAも見る。
わたしも隣から覗く。
「ここ」
YUMEが指を差す。
「前やった時さ、なんか歌いにくくて」
「歌いにくい?」
「……違うな」
YUMEが少し考える。
「言葉が、ちゃんと行かない感じ」
「ここ減らす?」
RINOが言った。
「うーん」
「一回やってみよ」
「うん」
KANAがページを見る。
「その前」
「なに?」
「ここ、コード変わった?」
「変えた」
「なんで?」
「こっちの方が好きだったから」
「弾いて」
YUMEが弾く。
KANAが聴く。
「もう一回」
もう一度弾く。
KANAが短く頷いた。
「そっちがいい」
「ほんと?」
「うん」
YUMEが笑った。
「じゃあこれ」
決まるのは早い。
でも、
適当に決めているわけじゃない。
誰かが言う。
試す。
違えば戻す。
良ければ残す。
一回目の時にやっていたことを、
もう普通に始めていた。
*
「最初からやる?」
「やろ!」
RINOがスティックを構える。
カウント。
曲が始まる。
前回より、
ずっと早く音が馴染んだ。
YUMEが少しテンポを動かす。
RINOが聞く。
わたしも合わせる。
KANAのギターが入る。
前みたいに、
誰かの音が変わるたびに驚くこともない。
変われば、
誰かが聞く。
その音に、
また誰かが返す。
YUMEも、
もう後ろを振り返らない。
そこに音が来ることを知っている。
曲が進む。
少し前まで、
YUME一人で鳴っていた曲。
今は、
四人ともその中にいる。
曲が終わる。
「楽しい!」
YUMEが最初に言った。
「ね!」
RINOが返す。
「前よりいい」
わたしが言う。
KANAは、
少しだけギターを見てから、
「もう一回」
と言った。
「休憩は?」
「まだ」
「KANAちゃん元気だね」
「普通」
「じゃあやろ!」
また始まる。
*
休憩。
YUMEとRINOは床に座っていた。
「お腹すいた」
RINOが言う。
「わたし牛乳あるよ」
「牛乳はご飯じゃないよ?」
「飲む?」
「飲む」
「飲むんじゃん」
わたしが言う。
YUMEがバッグを見る。
少し探す。
止まる。
「……ない」
「ないんかい!」
「入れたと思った」
「家じゃない?」
「冷蔵庫かな」
「それならちゃんとしてるじゃん」
「よかった」
「何が?笑」
RINOが笑う。
KANAは、
少し離れたところでギターを触っている。
いつも通り。
YUMEがそっちを見る。
「KANAちゃん」
「ん」
「楽しい?」
KANAの手が止まった。
「……」
「今日」
少しだけ間があった。
「うん」
短かった。
それだけ。
でも、
わたしはその返事を聞いた。
最初にKANAと会った日のことを、
少しだけ思い出した。
あの日。
同じことを聞いた。
ギター、楽しい?
KANAは、
「わかんない」
と言った。
今は、
「うん」
だった。
わたしは何も言わなかった。
YUMEも、
その意味なんて知らない。
「よかった」
普通にそう言った。
「RINOちゃんは?」
「超楽しい!」
「HINATAちゃんは?」
「楽しいよ」
「即答!」
「なに」
「前より素直になったね」
「誰のせいだと思ってるの」
「わたし?」
「知らない」
RINOが笑う。
KANAも、
ほんの少しだけ笑った。
*
「ねえ」
YUMEが言った。
休憩が終わる頃だった。
「またやる?」
「曲?」
「違う」
黒いノートを閉じる。
「スタジオ」
RINOが、
「やる!」
と即答した。
「早い」
「だって楽しいじゃん」
YUMEがKANAを見る。
「KANAちゃんは?」
「やる」
次に、
わたしを見る。
「HINATAちゃん」
「わたしに聞く?」
「聞くよ」
「やるよ」
「じゃあ決まり」
YUMEが笑った。
あまりにも普通だった。
誰も、
理由を聞かなかった。
なんのために続けるのか。
どこを目指すのか。
ライブをするのか。
バンドなのか。
そんな話は、
まだしなかった。
ただ、
次も四人で音を鳴らす。
それだけが決まった。
*
その日の最後。
もう一度、
同じ曲を鳴らした。
最初のスタジオで鳴らした時とは、
もう少し違って聞こえた。
YUMEが持ってきた歌。
そこに、
三人の音が入る。
誰かが変える。
誰かが戻す。
誰かが足す。
誰かが減らす。
そしてまた、
YUMEが歌う。
壊さないように、
触っているわけじゃない。
もっと、
言葉が届くように。
最後の音が止まった。
RINOがスティックを置く。
「お腹すいた!」
「また?」
「動いたから!」
「さっきも言ってたよ」
「じゃあずっとすいてた!」
「ご飯行く?」
YUMEが聞いた。
RINOがすぐ立つ。
「行く!」
KANAもギターをしまい始めた。
「KANAちゃんも?」
「行く」
YUMEがわたしを見る。
「HINATAちゃん」
「行くよ」
「まだ聞いてない」
「行くでしょ」
「行く!」
四人でスタジオを出た。
*
駅の近くの店に入った。
四人でご飯を食べるのは、
初めてだった。
最初は、
今日のスタジオの話をしていた。
「二回目、最初より全然よかったよね」
RINOが言う。
「一回目がひどかったから」
KANAが返す。
「でも楽しかったじゃん」
「楽しいのと合ってるのは別」
「KANA厳しー」
「普通」
YUMEが笑う。
それから、
いつの間にか、
別の音楽の話になった。
「みんな何聴くの?」
YUMEが聞いた。
「急だね」
「気になった」
好きなバンド。
好きな曲。
昔よく聴いていた音。
コピーしたことがある曲。
ライブで見てすごかった人。
何が好きなのか。
何が苦手なのか。
話してみると、
全然違った。
「KANAちゃん、それ好きなの?」
YUMEが聞く。
「好き」
「意外」
「なんで?」
「もっと難しいやつばっか聴いてるのかと思った」
「聴くけど、これも好き」
「へえ」
YUMEが少し嬉しそうにする。
RINOは、
「あ、それRINOも好き!」
と何度も会話へ入ってくる。
知らない名前が出るたびに、
YUMEは、
「それあとで教えて」
と言った。
「全部?」
「全部」
「覚えられる?」
「メモする」
YUMEがバッグから、
黒いノートを出した。
「そこに書くの?」
わたしが聞く。
「うん」
「歌詞のノートじゃないの?」
「言葉のノート」
「同じじゃないの?」
「違うよ?」
何が違うんだろう。
YUMEは、
普通にバンド名を書き始めた。
RINOが覗く。
「RINOのも書いて!」
「言って、RINOちゃん」
「いっぱいあるよ?」
「いいよ」
KANAが、
「たぶん入りきらない」
と言った。
「じゃあ次のページ使う」
「そういう問題?」
わたしが言う。
YUMEは気にせず書いている。
RINOが笑う。
KANAも少し笑った。
わたしも笑った。
*
気づけば、
結構な時間が経っていた。
スタジオにいた時より、
こっちの方が長いんじゃないかと思った。
誰も、
すぐには帰ろうとしない。
次の予定の話をして。
好きな音楽の話をして。
どうでもいい話に逸れて。
また音楽へ戻る。
四人で演奏していた時とは違う。
音は鳴っていない。
楽器も触っていない。
それでも、
なんとなく、
同じところにいる感じがした。
YUMEが笑う。
RINOが大きな声で話す。
KANAが短く返す。
わたしも、
いつの間にか普通に混ざっている。
まだ、
バンドじゃない。
名前もない。
何を目指すのかも、
何も決まっていない。
でも。
この時間が、
ずっと続けばいいのに。
その時、
初めてそう思った。