第九話

NOCTRA

「名前いるね」

前のスタジオで、

YUMEがそう言った。

だから、

次に四人で集まった時。

スタジオのホワイトボードには、

最初から何も書かれていなかった。

*

「名前ってどうやって決めるの?」

YUMEが言った。

「知らない」

KANAが答える。

「バンドやったことあるでしょ?」

「あるけど、名前つけたことない」

「RINOちゃんは?」

「いっぱい見てきたけど、RINOも決めたことない!」

「HINATAちゃん」

「わたしに振らないで」

「じゃあ全員知らないじゃん」

「そうだね」

少し静かになる。

四人でバンドをやることは、

もう決まっている。

なのに、

名前がない。

「とりあえず書く?」

RINOが言った。

「何を?」

「なんか!」

「なんかって何」

「好きな言葉とか!」

「雑じゃない?」

「でも何もないよりいいじゃん!」

それもそうだった。

RINOがホワイトボードの前に立つ。

ペンを持つ。

「はい!」

「なに?」

「言葉ちょうだい!」

「急だな」

「なんでもいいよ!」

YUMEが黒いノートを開いた。

「じゃあ、夜」

RINOが書く。

夜。

「あと?」

「道」

「音」

「言葉」

「線」

「軌道」

「曲」

「光」

「暗い」

「それ言葉?」

「言葉でしょ」

「暗いってバンド名になる?」

「知らないよ」

ホワイトボードに、

どんどん言葉が増えていく。

夜。

音。

言葉。

道。

線。

光。

影。

曲。

軌道。

夢。

残る。

進む。

交わる。

四。

「なんか漢字ばっかだね」

YUMEが言う。

「英語にする?」

「なんで?」

「バンドっぽいじゃん!」

RINOが言う。

「偏見」

KANAが返す。

「でも英語も見たい」

YUMEが言った。

「じゃあ調べる?」

スマホを出す。

夜。

Night。

Nocturne。

「ノクターン」

YUMEが読む。

「夜想曲だね」

HINATAが言う。

「かっこいい」

「そのままはありそう」

「ありそうだね」

次。

曲。

Track。

「トラック」

「普通」

「軌道もTrackじゃない?」

KANAが言った。

「え?」

YUMEがスマホを見る。

「ほんとだ」

「同じなの?」

「文脈によるけど」

「面白い」

YUMEがホワイトボードを見る。

Nocturne。

Track。

「夜と曲と軌道」

RINOが言う。

「なんか今の四人っぽくない?」

「どういうところが?」

「夜から始まって、曲やって、これからどっか行く!」

「ざっくり」

「でも分かる」

YUMEが言った。

KANAもホワイトボードを見る。

「Trajectory」

「なにそれ?」

「軌道」

「長っ!」

RINOが笑う。

Trajectory。

その文字も追加される。

Nocturne。

Track。

Trajectory。

三つ並んだ。

「この三つ、混ぜられない?」

YUMEが言った。

「全部?」

「全部そのままじゃ長いけど」

HINATAがホワイトボードを見る。

「響きだけ残すとか?」

「やってみよ!」

RINOがペンを取る。

文字を消す。

書く。

また消す。

「これ違う」

「長い」

「読みにくい」

「それ何て読むの?」

「わかんない!」

「じゃあだめじゃん」

ホワイトボードに、

何個も途中の言葉が増えていく。

Nocturne。

Track。

Trajectory。

その三つを見ながら、

短くする。

繋げる。

離す。

また書く。

HINATAが、

NOCT

と書く。

KANAがその横に、

TRA

と足す。

YUMEが少し離れて見る。

「……NOCTRA?」

RINOも読む。

「ノクトラ」

「言いやすい」

HINATAが言った。

KANAも、

もう一度文字を見る。

「三つとも残ってる感じする」

「うん」

YUMEがホワイトボードへ近づく。

NOCTRA。

その下には、

Nocturne。

Track。

Trajectory。

「夜と」

YUMEが言う。

「曲と」

RINOが続ける。

「軌道」

HINATAが言った。

KANAが、

「これから進む方も」

と付け足す。

少し静かになる。

YUMEが、

もう一度その文字を見る。

「ノクトラ」

「いいんじゃない?」

HINATAが言った。

「RINO好き!」

「わたしも」

YUMEがKANAを見る。

「KANAちゃんは?」

「いいと思う」

「じゃあ」

YUMEが、

ホワイトボードの文字を見る。

NOCTRA。

「これ?」

「これでいいんじゃない?」

「うん」

「決まり?」

RINOが聞く。

少しだけ間があった。

YUMEが笑う。

「決まり」

その瞬間。

ただの四人だったものに、

初めて名前がついた。

NOCTRA。

Nocturne。

Track。

Trajectory。

夜。

曲。

軌道。

ここまで来た道と、

これから進んでいく道。

四人で作った、

最初の言葉だった。

*

「で」

HINATAが言った。

「名前決まったけど」

「うん」

「これからどうする?」

急に、

全員が少し静かになった。

「どうするって?」

YUMEが聞く。

「バンドになったんだから」

「うん」

「何するの?」

「曲やる」

「それは今もやってる」

「じゃあもっとやる」

「そういう話じゃなくて」

RINOが笑う。

「ライブとか?」

「やりたい!」

YUMEがすぐ言った。

「RINOも!」

KANAも、

少しだけ頷く。

「じゃあライブやるとして」

HINATAが言う。

「曲、足りなくない?」

「足りない」

KANAが即答した。

今やっている曲だけじゃ、

ライブにはならない。

「何曲いる?」

YUMEが聞く。

「ライブの長さによるけど」

「いっぱい?」

「まあ」

「じゃあ作ればいいじゃん」

YUMEが言った。

あまりにも普通に。

「作ればって」

HINATAが笑う。

「そんな簡単じゃないでしょ」

「簡単じゃなくても作ればいいじゃん」

YUMEは黒いノートを開く。

「どれだけかかってもいいし」

「どれだけ?」

「一年でも」

「長いね」

「二年でも」

「もっと長くなってる」

「でも、できたらやればいいじゃん」

YUMEは、

本気でそう思っている顔だった。

急いでいるわけじゃない。

でも、

やらないという選択肢もない。

「何曲作るの?」

RINOが聞いた。

YUMEが止まる。

「何曲……」

考える。

ホワイトボードを見る。

黒いノートを見る。

三人を見る。

そして、

唐突に言った。

「じゃあアルバムくらい多くないとね!」

「なんで急にアルバム?」

HINATAが聞く。

「だっていっぱいあった方がいいじゃん」

「何曲?」

YUMEが、

本気で考える。

「うーんとね?」

少し間。

「13曲!!」

「多くない!?」

RINOが笑う。

「多い」

KANAが言う。

「なんで13?」

HINATAが聞く。

YUMEは少し考えた。

「……なんかいいから」

「理由ないの?」

「今できた」

「できてないじゃん」

「13曲いいよ?」

「何が?」

「数が」

「知らないよ」

RINOが笑っている。

KANAも、

少しだけ笑っている。

でも。

誰も、

無理だとは言わなかった。

13曲。

今は、

ほとんど何もない。

完成しているわけでもない。

いつできるかも分からない。

それでも。

「じゃあ作る?」

YUMEが聞く。

RINOが答える。

「作ろ!」

KANAも、

「うん」

と言った。

わたしも、

少し笑った。

「やるしかないね」

YUMEが嬉しそうに笑う。

ホワイトボードには、

NOCTRA。

その下に、

13。

RINOが大きく丸で囲んだ。

*

スタジオが終わった。

四人で帰る。

名前が決まったからといって、

何か急に変わるわけじゃなかった。

YUMEは普通に喋っている。

RINOはお腹がすいたと言っている。

KANAはギターケースを持っている。

わたしも、

いつも通り歩いている。

でも。

スマホの中にある四人のグループを開くと、

少しだけ違って見えた。

NOCTRA。

まだ、

グループ名は変えていない。

家に着いてから、

わたしはメッセージを送った。

『リーダーどうする?』

送信。

すぐに、

既読3。

「……」

早い。

でも、

返事は来ない。

一分。

五分。

十分。

誰も何も言わない。

まあ、

すぐ決めることでもないか。

スマホを置いた。

*

少しして、

もう一度見る。

既読3。

返事なし。

さらに時間が経つ。

まだ、

何も来ない。

「……」

なんなんだ。

誰か、

何か言えばいいのに。

でも。

考えてみれば。

スタジオの予約。

時間の確認。

全員への連絡。

次の予定。

なんとなく、

今までわたしがやっていた。

別に、

やらされていたわけじゃない。

必要だったから、

やっていただけ。

それで困ったこともない。

グループを開く。

少し迷う。

打つ。

『…わたしやるよ。』

送信。

一秒もしないうちに、

既読3。

そして。

👍

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「……」

思わず笑った。

「待ってたでしょ」

誰も返事はしない。

でも、

いいねだけが三つ並んでいる。

わたしは、

スマホを置いた。

*

2025年8月25日。

四人で作った名前が、

四人のバンドの名前になった。

13曲作ろうと決めた。

リーダーも決まった。

何ができるのか。

どこまで行くのか。

まだ、

誰も知らない。

それでも。

この日。

NOCTRAが始まった。